鈴木亜美のプロフィール |
名前 | 鈴木亜美 (すずきあみ) |
所属 | ジャパン・ミュージックエンターテインメント |
出身 | 神奈川県座間市 |
生年月日 | 1982/02/09 |
趣味 | 乗馬 |
公式サイト | オフィシャルサイト |
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コメント |
1998年『ASAYAN』(テレビ東京)のオーディションで選ばれ、小室哲哉のプロデュースで鈴木あみとして歌手デビュー。 女性アイドル歌手として人気を集め、ファーストアルバム『SA』はデビュー以来発売した全シングルに新曲収録という事実上のベストアルバム形態で発売され、約250万枚の大ヒットとなった。 このころは若者のファッションリーダーであることやキャラなどから「浜崎あゆみのライバル」としてよくテレビで紹介され、何度か“ライバル同士での競演”も果たしている。 シングル「BE TOGETHER」「OUR DAYS」「THANK YOU 4 EVERY DAY EVERY BODY」やアルバム『SA』『infinity eighteen vol.1』等でオリコン1位を獲得。 2000年、NHK総合テレビのテレビドラマ『ドラマDモード深く潜れ〜八犬伝2001〜』でヒロインとして好演。 しかしその時共演のお笑い芸人千原浩史とキスシーンをさせられて、ファンが大変激怒したというエピソードがある。 鈴木はキスシーンの時の感想で、「笑わないようにこらえていました」と余裕のコメントをした。 所属事務所とのトラブルが起こり、同年の紅白歌合戦、翌年春までのCM出演などを最後に、いったん事実上の引退状態に追い込まれるに至った。 このトラブルは、当時所属していた事務所の社長が所得隠しで摘発されたことで信頼関係が崩れたとして、両親が新たに個人事務所を立ち上げたことに始まる。 但し、これが芸能界の常識に反するため、事実上いわゆる干される状態となった。 小室哲哉との協力関係も元の事務所と小室との関係が深かったため終焉を迎えた。 さらに元の事務所だけでなくレコード会社ソニー・ミュージックエンタテインメントにも契約終了を求めて訴訟を起こし、裁判は長期化した。 そして芸能界から引退。 同時期に、デビューシングル「love the island」をオリコンに再びランクインさせようとするファンのインターネット等での呼びかけが活発化し、スポーツ紙等で報道された。 オリコンの2001年4月3日付のデイリーチャートでは「love the island」が50位に再登場した。 だが結局、オリコンの週間チャートで100位以内に復帰させることはできなかった(ちなみにプラネットでは前週691位→130位と急上昇したもののやはり100位以内には届かず。 この1週間で約1000枚を売り上げた)。 その後、芸能界に復帰。 そして全ての係争が決着。 本名の鈴木亜美を名乗るとともに2004年4月22日、文芸春秋社から新曲CDと写真集をセットで(『強いキズナ」)発売。 レコード会社との契約がないため出版社から書籍扱いで発売する苦肉の策だったが成功し、トーハンの2004年4月27日付ベストセラーランキング・単行本ノンフィクション部門で1位になった。 最終的には15万部以上を売り上げた。トレードマークのあひる口も健在だった。 8月11日には「FOREVER LOVE」を自主レーベルAMITYから発売し、秋から学園祭ツアーを全国で展開、『AMI's LOVE FOR YOU-LIVE』。 11月17日にはこの夏行われた神宮花火大会のライブ映像を収めた「2004 SUMMER FLY HIGH -ami shower-」を発売し、 12月4日から出身地の神奈川県座間市から単独ライブ全4会場5公演を行い、最終公演の12月30日新宿厚生年金会館にて、エイベックス移籍を発表。 2005年1月1日よりエイベックスに移籍。同時に「Hopeful」を限定配信リリース。3月には「Reality」以来のメジャー復帰シングル「Delightful」発売。初登場3位を記録した。 5月25日に2ndシングル「Eventful」をリリース。8月17日に3rdシングル「ねがいごと』をリリース。 そして10月12日には実に5年半ぶり、エイベックス移籍第一となるオリジナル・アルバム『AROUND THE WORLD』をリリース。 約4年のブランクは大きいものの人気は根強く、今後の活躍が注目される。 |
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